るばぐれ
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空を破いた日


「おにーさん、そこで何してるの?」

 

殺し屋の男――コールはとても驚きました。

誰にも見られていないと思っていたからです。

 

空生まれの少年――鯖目は、

その日、初めて地上に降りました。

コールはあわてて、少年を消そうとしました。

だけど、できませんでした。

突き付けた凶器は、あっさりと振りほどかれてしまいました。

 

「俺、鯖目!おにーさん、お名前なんていうの?」

 

コールが戸惑っているうちに、鯖目はコールの手を引っぱって駆け出します。

 

「一緒に、あそぼ!」

 

鯖目が地面を蹴ると、ふたりの身体はふわりと浮かびました。

コールは、自分の体験していることが信じられませんでした。

コールは、初めて街を空から眺めました。

鯖目も、もっと高い空の上からではなく、

ビルと同じくらいの高さから地上を見たのは初めてでした。

それから、鯖目は毎日仕事が終わると

地上に降りてきました。

 

鯖目は地上でたくさんのものを見聞きしました。

コールに会えた日は、手を繋いで空を飛んで遊びました。

コールはどうすればいいのかわかりませんでした。

空を飛ぶ不思議な少年のことが、現実なのか、

自分の見ている夢なのかがわからなかったのです。

コールには、テルという相棒がいました。

殺し屋仲間として、幼い頃から共に仕事をしていました。

コールはテルのことを信頼していました。

テルも、コールを頼りにしていました。

コールは、テルに鯖目のことを話したことはありませんでした。

ある夜のことでした。

テルは、コールを殺すことにしました。

それはテルが生き延びるためでした。

 

ちょうど空から見つけた鯖目は、

びっくりしてコールを助けようとしました。

 

余りにびっくりしたので、

思わず空を勢いよく引っぱって、

破いてしまったのでした。

 

コールもびっくりした顔をしました。

そして、いつもそうしていたように、鯖目の手をとりました。

飛び立つ直前、その瞬間だけ、テルの顔が見えました。

破れた空の向こうには、

裏地がどこまでも広がっていました。

空を留めていた重りが、街へ次々と降り注いでいました。

破れた空は時間を示す役割を守れなくなりました。

もう時間は進まなくなったのです。

 

地上には、恐怖に絶望する人や、

正気を失う人がたくさん見えました。

それでも、コールは平気でした。

 

空の破れ目はどんどんと広がって、

コールと鯖目を追いかけてきました。

「おにーさん、どうする?」

コールは鯖目の手を握りました。

コールは生き延びることを選びました。

飛び降りた先は海でした。

 

「俺――泳げないんだけど!」

永遠に明けない夜の中、ふたりの逃亡が始まりました。

ふたりは破れる空から逃げました。

生き残った組織の人間たちから逃げました。

崩れゆく世界から逃げました。

途中で人が増えたりもしました。

 

そして、もう逃げなくてもいい世界へたどり着きました。

 

天動説を採用したから、チーム天動説。

彼らは、もうただの人間ではなくなったのです。

しかし、神様になったわけでもありません。

どっちつかずの存在です。

 

でも、生きることを選びました。

そこは箱庭世界、シルバーグレイでした。

 

きょうもチーム天動説の彼らは、

世界を維持するために働いています。

嫌に決まってんじゃん


コールは生きることに必死でした。

相棒に裏切られても、空が破けても、

生き延びるために動くことを選びました。

 

計画性をもって人間を殺し、

人間を支配しようとする組織のしたっぱにいたことは、

コールにとって、逃れられない枷でした。

同時に、今の彼を形作る大切な過去でもありました。

コールはときどき、自分がわからなくなることがありました。

 

その衝動は彼が「コール」から「代表さん」になった後でも、

ほんの少し残っています。

 

鯖目は、人を殺すというのがどういうことかよく知りません。

ただ、ときどき我を忘れるコールの目が嫌いでした。

食糧探しのついで


コールと鯖目は、崩れゆく世界から

脱出する方法を探していました。

 

その途中で、廃墟となった建物などを漁り、食糧を探したりしていました。

必ずといっていいほど見つかるのが保存用チョコバーです。

チョコバーは、この世界の定番の非常食なのです。

鯖目の欲しいもの


鯖目が地上に降りるようになって少し経った頃、

師匠は鯖目に地上のお金を渡してあげました。

空にはお金はありませんから、

地上に降りたばかりの空生まれは

お金の概念に戸惑うこともありました。

 

鯖目のお金の使い道は、地上の食べ物を食べることでした。

どんな味がするのだろうとずっと想像していたのです。

 

しかし、空に帰って師匠にどうだったと聞かれた鯖目は、

思ったよりおいしくなかった、と答えたのでした。

もし止めちゃったら


鯖目は空の仕事を終えると、

毎日地上に遊びに行きました。

あの殺し屋の男に会いにいくのです。

 

殺し屋の男、コールも、だんだんと慣れてきました。

鯖目と話をしたり、一緒に地上のものを食べたりもしていました。

 

コールは自分の相棒について、

鯖目に尋ねられたことがきっかけで、

話をしたことがありました。

鯖目はコールの相棒のことを知りたいと思いました。

 

もしも空の動きが止まってしまったなら、

世界は時間の流れを見失い、

地上の人間は誰もそれに気づかないまま

動かない時を過ごすでしょう。

 

心配はありません。

鯖目ひとりにそんな権限はないのです。

(のちに彼が、空を止めるどころか破いてしまうという

大混乱を引き起こしはするのですが――、)

しかし、地上にいる間の鯖目にとって、

自分が空生まれであることは何よりも強い、そして唯一のアイデンティティでした。

まだ17歳になったばかりの全能感は、

まるで自分が空の総意であるかのように

鯖目を振る舞わせることがありました。

 

鯖目が抱いていた地上への憧れには、

未知の世界への好奇心だけではなく、

地上でならば自分が特別でいられるという

優越への望みも含まれていました。……かもしれません。


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